歯ブラシクラッシャーの話

 

 

小学生の頃というのは、

学年が一つ増えるだけでも

からだが大きく成長し

 

横に並ぶとその体格差は歴然

 

低学年に比べて高学年は

話し方までも全くお兄さんお姉さん

っぽかったりするので驚きだ。

 

 

あれは、

私が小学校一年生の頃だった。

 

 

 

上履きが廊下を鳴らす

雨の日だったろうか。

 

 

 

私の通っていた小学校は

日頃の授業を受ける教室が収容された本館と

図工室や図書室、家庭科室といった特別授業のために

建てられた別館があった。

 

 

 

私はその日の昼休み

友人3人と図書室に用事があった。

 

 

 

補足だが本館と別館の間には渡り廊下があり

トタン屋根が貼られているため

そこは雨に濡れない。

 

 

 

その渡り廊下を

急ぐわけでもなく

いつも通り3人は走っていた。

 

 

 

別館の入り口を飛び越えると

おそらく6年生だと思しき

大男がぬうっと現れた。

 

 

"熊のような"という枕詞が

ぴったりだった彼のその背丈は

私の倍ほどあったように感じた。

 

 

 

そしてその大男はなぜか

右手に水色の歯ブラシを握りしめている。

 

 

 

その瞬間

 

 

 

「歯ブラシクラァアアアアアシュッッ!!!」

 

 

 

何が起きたのか

小1の脳みそでは

理解が追いつかなかった。

 

 

 

が、その大男の口から

発せられたことは確かだ。

 

 

 

見ると歯ブラシを立てて

ブラシ部分をこちらに向けている。

 

 

 

我々は逃げた。

 

 

 

別館の階段を駆け抜けた。

 

 

 

後方からはまだ「歯ブラシクラァアアアアアシュッッ!!!」と何故か「歯ブラシ・ぐしゃぐしゃになる」の意味を持つ呪文を浴びせられている。

 

 

 

振り返るとその巨体をもたげて

爆進してくる大男がいた。

 

 

 

恐怖

 

 

 

あれは恐怖そのものだった。

 

 

 

2階から3階への階段の踊り場で

友人の一人が捕まった。

 

 

 

角に追いやられて「歯ブラシクラァアアアアアシュッッ!!!」を直に浴びせられている。

 

 

 

3階からその様子を眺め、私は逃げた。

 

 

 

許せ友よ。

 

 

 

友情を歯ブラシに売った瞬間だった。

 

 

 

数分後、

友人がぐしゃぐしゃにされているのではないかと

急に心配になった私はあの場所に戻った。

 

 

 

居ない。

 

 

 

階段を降り、

1階に着くとその大男の姿があった。

 

 

 

 

言い忘れてたが

別館の1階には職員室がある。

 

 

 

おそらく「歯ブラシクラァアアアアアシュッッ!!!」が職員室にも響き渡ったのだろう。

 

 

 

大男に泣かされた友人の横で

先生に怒られて号泣している大男がいた。

 

 

 

なんだったのだろうか。

 

 

 

彼は何がしたかったのだろう。

 

 

 

その真相は今となっては闇に葬り去られた。

 

 

 

ただ彼はこの事件を機に

「歯ブラシクラッシャー」という

異名をPTAに轟かせることとなる。